第二章 禁断・はぎ香<17>
今夜が最後。光彦の前で、わたしらしさを取り戻せる最後のチャンス…と、そんな風に思いつめた。以前のようにもっと素直になりたい。『もう少し話さないか』と言ってくれた時の光彦の目。そう、あの時、わたしが首を振ると光彦は遠い目をした。寂しいみたいに、わたしを見てくれた。そんな風な目をさっきもした。そんなやさしい目で光彦がまだわたしを見ていてくれる今のうちに、以前のわたしを取り戻したい。今夜、光彦と話せば、わたしは、きっと以前のわたしに戻れる…そう思うと、光彦の帰りがもう待ち遠しくて、話題を探して指を折って数えて記憶する。
そう、こんな風にして、話したいと思うことをちゃんと忘れないようにして、そうすれば、話せないなんて気に病むことはないよね。きっと話せると、わたしはまた指を折った。けれど、とうとう、光彦は帰らなくて、すっかり夜が明けていた。
休みの間ずっと、朝早くから資料館で友人と待ち合わせて一緒に資料館の広い庭を走って過ごし、開館するとシャワーを浴びてプールで遊ぶ、ということを繰り返していた。そうして、すっかり、さっぱりしたところで、勉強は冷房のきいた涼しい資料室でみっちり閉館までという毎日だった。
いいお天気。少し早いけれど最後の一日。眠ってしまってはいけないと、わたしは顔を洗い直し支度をして出かけた。
光彦に会わないかしらと想いながら、南のバスターミナルに着いていた。そして、そこで、わたしは会うはずもないと思った青樹と出会ってしまった。
話したくない。話すこともない。でも。逃げ出すようなマネはもっとしたくない。それに、知らない顔で行き過ぎることができる程、時はそんなにも経っていなくて、近づいてくる青樹に、わたしは立ち止まった。
こんな早い時間にと、青樹もわたしを見つけて意外だったのか、心の中で、はぎ香…と呼ぶみたいに、少し唇を開いて言葉を探しているようだった。
寝不足なのかしら。青白くやつれて見える青樹の顔は、ひどく大人の顔に見えて、でも、あんなにイヤだと思った人なのに綺麗と思って、その顔をこわごわ見てしまうわたしを、青樹は空いている方の左の手でそっと抱いた。
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